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石鎚山

石鎚山イメージ

石鎚山(いしづちさん)は、四国に位置する標高1,982mの山で、白山以西の西日本最高峰でもあるのです。そして、愛媛県西条市と久万高原町の間に位置しているのです。また、石鎚登山は修験道の祖とされる役の小角(えんのおづぬ)によって慶雲元年(704)幕を開けたのです。以来、富士山や、大峰山、立山、大山、釈迦岳などとともに、七霊山の一つとして山自体をご神体とみなす石鎚山信仰の伝統は今も続いているのです。また、日本百名山や、日本百景の一つでもあって、日本七霊山のひとつとされて、霊峰石鎚山とも呼ばれているのです。

石鎚山脈の中心的な山であり、石鎚国定公園にも指定されています。石鎚山は、いわゆる死火山と言われています。活動期は千数百年前にさかのぼるといわれ、それも、阿蘇に匹敵する大カルデラを構成していたらしいですよ。石鎚山の山頂や、その周辺の安山岩を主にした険しい山容は、この時代の名残にほかならないのかもしれないですよ。役行者によって開かれた「石鎚山」は、開山以来1300余年の悠久の時を刻んで、四国のほぼ中央部に、西日本第一の高峰、霊山として偉容を誇っているのです。

標高1982mの石鎚山は、山そのものが「神」だったのです。石鎚山は、人間を容易に寄せつけない厳しい自然と、魔性を秘めた美しさをもっているのです。そして、人々はそこに潜む「霊威」を崇め、山とともに生きてきたのです。かつて、弘法大師(空海)も石鎚山で修行したと伝えられています。桓武天皇や、文徳天皇、武将として源頼朝、河野家一族、豊臣家一族の篤い信仰があって、慶長十五年豊臣秀頼公により、中の宮成就社が御造営されたのですが、明治二十二年火災のため焼失したのです。

そして、現在の成就社は、昭和五十五年災禍により焼失して、昭和五十七年六月二十日に復興し、御造営され現在に至っているのです。また、石鎚信仰の母体は、関西第一の高峰霊峰石鎚山は、千三百年の昔、役の行者(役の小角)によって開山されたのです。その後、寂仙(じゃくせん)菩薩が石鎚蔵王大権現と称えて深く信仰して、山路を開き、登拝者を導き、常住社(中の宮成就社)を創立したのです。その後、上仙大師、光定大師などの高僧が、四国八十八ヶ所第六十番札所の横峰寺、第六十四番札所の前神寺を創立、石鎚神社の別当寺となったのです。ですが明治天皇の大命によって、神仏混淆が禁止され、別当寺は廃止、神社と定められたのです。

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