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成田山新勝寺

成田山新勝寺イメージ

成田山新勝寺は、天慶3年(940年)寛朝大僧正によって、開山された真言宗智山派の大本山なのです。また、開山以来1060年余の間、護摩供の香煙は一日たりとも絶えることなく、その輝かしい法灯を護持継承して、わが国不動尊信仰の総府祈願道場として、数多の信仰をあつめているのです。また、関東地方では有数の参詣人を集める著名寺院でもあるのです。そして、家内安全、交通安全などを祈る護摩祈祷のために訪れる人も多くいるのです。寺名は一般には「成田不動」あるいは単に「成田山」と呼ばれることが多いようです。

成田山新勝寺は、熱い信仰心が育む、パワースポットでもあるのです。朱雀天皇は平将門の乱平定のため、天慶2年(939年)、僧寛朝を東国へ遣わした。寛朝は京の高雄山(神護寺)護摩堂の空海作の不動明王像を奉じて東国へ下り、翌天慶3年(940年)、平将門の乱平定祈願のため、下総国公津ヶ原で不動護摩の儀式を行ったそうです。そして、新勝寺はこの天慶3年を開山の年としているのです。乱平定の後の永禄年間に成田村一七軒党代表の名主が不動明王を背負って現在の場所に遷座し伽藍を建立し、東国鎮護の寺院となりました。

そして、江戸時代には、江戸(征夷大将軍の城下)でたびたび成田不動の「出開帳」(現代の語感でいえば、「秘宝特別公開」)が行われたそうです。元禄16年(1703年)、深川永代寺(今の江東区富岡にあった寺で、跡地は深川不動堂になっている)で行われたのが初めで、江戸時代を通じて12回の出開帳が行われた記録があります。歌舞伎役者の市川團十郎が成田不動に帰依して「成田屋」の屋号を名乗り、不動明王が登場する芝居を打ったことなどもあいまって、成田不動は庶民の信仰を集めたとされています。

また、成田山新勝寺は、高尾山薬王院や、川崎大師平間寺とともに真言宗智山派の関東三大本山のひとつとなっています。そして、東京都江東区や、埼玉県川越市、愛知県犬山市、大阪府寝屋川市などの日本各地にも別院があるんですよ。成田山新勝寺は、参道を10分ほど歩くと、急な石段を上った先の台地上に伽藍が広がっています。石段の途中に仁王門や、石段を上った先の正面に大本堂、その手前右手に三重塔、鐘楼、一切経蔵などが建っています。また、大本堂の左手に釈迦堂や、大本堂背後の一段高くなった地には額堂、光明堂、開山堂、平和の大塔などが建っているのです。また、境内の東側は成田山公園になっています。

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